last updated 1997/07/16
第62話(全130話)
神族(1/10)
10 神族
村への入り口に門はなかったし、道を遮断するような障害物もいっさい置かれていなかった
。そこは誰でも来るものは拒まず、といった様子で、広場に向けて解放されていた。それは大
らかな歓迎を意味しているのではなく、ただこの村には守るべき貴重品など何もないから、わ
ざわざ門など作る必要もなかっただけ、といういたって無頓着な気配を漂わせている。広場か
ら見渡せる景観の、あまりにも鄙びた様子が、そう思わせるのだろう。本当にこの場所にはま
るで何も価値あるものはないように見えた。
村を囲む何万もの数の柱は近づいてみると、すべてトーテム・ポールだった。木にさまざま
な動物や人の顔や、意味不明の幾何学模様が丁寧に刻み込まれ、細かな彩色が施されている。
どうやら色のひとつひとつにも深い意味があるようで、慎重に観察すれば、色の塗り方や動物
の絵の配置にはある種の規則やパターンがあることがわかってくる。
ピートはトーテム・ポールの精密な彫刻に心を奪われた。さっきここには価値あるものは何
もないと思ったけれど、それは撤回したほうがよさそうだ。この柱はすべて、魂へと訴えかけ
てくる力強さを持っていた。見るものの心を震わせる力を持つものが芸術だとすれば、この柱
たちはすべて最高級の美術品だと思えた。
「この柱に、宇宙のすべての歴史が刻み込まれているのよ」
マリカが教えてくれた。
「子供の頃、ナッツという名の師から教えられたことがあるの。アーバムの村には宇宙の歴史
を記した柱が何万という数で立っていて、そこには過去の歴史だけではなく未来の歴史まで一
分刻みで記されているのだよって」
「未来の歴史? それって予知ってこと?」
「さぁ。ただ宇宙の歴史はあらかじめ定められているってナッツは言ってたけどね。その定め
を見極め、流れを感じなければ、ただしく剣を振ることはできないんだって」
「剣を振るのに、宇宙の歴史なんてことまで考えなきゃならないの?」
「考えるんじゃなく、感じるのよ。宇宙に流れている気配を。その流れに乗って剣を振れば、
空気さえふたつに切り裂くことができる。けれど流れに逆らって振れば、木の枝一本、切るこ
とは出来ないし、剣のほうが逆に折れてしまうんだって」
それが剣の極意ですよ、マリカ姫。
ナッツはそう言った。
そんなことマリカはじつは信じていなかった。宇宙の歴史がすでに定まっている、なんて考
え自体が気にくわなかったし、剣など力付くで振ればたいていのものは両断できることになっ
ていると、そう思っていた。けれど、
ナッツの言う通りだったのかもしれない。マリカは立ち並ぶ無数のトーテム・ポールを見回
しながら、そう思う。
剣を扱う前にはまず呼吸を整えなければならないと教えられた。精神を統一すれば、無駄な
動きがなくなると、ナッツは言い、それはその通りだとマリカも理解した。しかし、そこにマ
リカは宇宙の歴史など入り込んくる必要は感じなかった。精神統一は気持ちを落ち着かせるた
めだけに必要なのであって、宇宙など関係ない、と。しかしもしかしたら、精神統一というの
は自分の思いと宇宙の流れとをひとつにするための儀式だったのかもしれない。呼吸を整える
のは、じつは宇宙のリズムと自分のリズムとを同調させる手続きだったのかもしれない。
そう思った。
ナッツの言う通り、この山のてっぺんには無数のトーテム・ポールが立っていた。ならばナ
ッツの言う通り、この柱には宇宙の誕生から未来の果てまでが正確に記録されているのだと信
じるしかないのではないか。疑う理由がない。
そう感じた。
「なら、ぼくに何が起こったのかも、この柱を読めばわかるのかな」
ピートはつぶやく。
「お前さんに起こったのは機械の故障だよ」とパピロ。「機械がひとつ壊れた、なんてことま
ではわざわざ木に彫ってまで記録する必要はないんじゃないかな」
パピロは言うと、そうだそうだと勝手にうなずいて納得し「けど、ぼくの誕生日のことはき
っと書いてあると思うな、だってとても重要な日だもの」とか何とか喋っていたが、誰もそれ
を聞いてはいなかった。
パピロのたわ事よりも、小屋の扉がギイッと内側から開きはじめたことのほうに興味を向け
ていた。見守るマリカたちの視線の向こうで、大きな影が動いた。アーバムだ。そう見て取り
、マリカもピートも緊張する。神の末裔を目にするなんて、どういう姿勢で向き合えばいいの
かわからない。直立不動で立っているべきなんだろうか、それとも跪いて首を垂れるべきなん
だろうか、それとも気軽に「ヤァ」と片手を上げて挨拶したほうがいいんだろうか。
判断がつかないまま、結局、ただ棒立ちになっているピートたちに向かって、小屋からぞろ
ぞろとアーバムたちが近づいてくる。鳥みたいだった。首を前後に揺すって歩く姿など、鳩に
似ていた。翼が退化してしまった太った鳩。それがアーバムたちの姿だった。ピートはもっと
端的にキウイという鳥を比喩に用いることはできない。何故ってピートはキウイのことを知ら
なかったから。
ピートにとっての太った鳩は、ヨタヨタと頼りなげな足取りで広場を渡ってこちらに近づい
てくる。公園で餌をもとめてチョコチョコと集まってくる鳩たちとそっくりだった。何かちょ
うだい、と無言の目でねだってくる鳩たちの無垢な姿をピートは思い出していた。
そう言えば、鳩は平和のシンボルだし、それは神の末裔にふさわしい役どころだなっとピー
トはチラリ思った。
アーバムたちはフィンフィンに顔を向けると、それってコクンとうなずいた。何かフィンフ
ィンと親族の間で秘密の会話が交わされたように見えた。
(つづく)
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